第10日目 コタキナバル2
日曜の朝は宿の前の通りにマーケットが開催となります。路上には新鮮な魚介類や野菜が並びます。山菜や見慣れない果物も店頭を賑やかにしてくれます。海草も並んでいます。変わったものとしては、宇宙からやってきたSF小説に登場しそうな甲カニを買って帰る客も見かけました。地元の音楽がガンガン鳴り響き、雰囲気をいっそう盛り上げています。こうしたお祭り気分はお昼まで続くそうです。
朝市の喧騒を眺めていると、何かしら私たちはほっとしたものを感じます。同じようにお祭り気分はデパートなどでも、時々イベントとして開催されるのですが、一定の空間の中で、工夫を凝らし、電気ピカピカ、音楽ジャラジャラと巨大スピーカーで最大の音量で客を弾きつけようとするのですが、野外マーケットには勝つことが出来ません。やはり、自然の中での対決がお祭りには最適なのかも知れません。ここには、決まった形式的な挨拶などは抜きで、様々な人々が素顔で登場します。ここに、企画された建物の中での演出と大きく異なる部分があります。即席の屋台も制約がありませんから、自由にその芳香を漂わせています。日本では人工的にビルの内部に観葉植物を配置して自然に触れ合うやさしいビルと銘打って宣伝しているところもありますが、大自然の中は演出も不要で、私達が真に待っていたものではないでしょうか?
さて、帰国も近くなりましたから、近くのネットカフェで日本へ連絡を取ることになりました。事前に調べておいたメイル屋さんは大通りの裏手にあり分かりにくいのですが、コイン投入方式で20分30円という良心的な価格です。しかも、ISDNの回線を利用していますから結構速度も速く、快適に操作することが出来ます。日本語のフォントもありますから申し分ありません。まずは無事登頂の旨を友人に報告です。なるほど久しぶりのメイルですから、受信簿にも幾つか手紙が届いています。これも、旅の楽しみの一つなのです。
しかし、最近はこのITの進化というもの疑問を感じつつあります。ネットカフェに行くと各人がデスプレーに対面しながら、キーボードを打ち込んでいます。ここでは、人と人とが語りあうことはありません。画面に映し出される文字を、或いは画像を読み取って作業が進んでいます。隣の人が何をする人であろうと興味の対象にはなりません。自分たちの目の前にある箱から送られている情報のみが対象となっているのです。一瞬この光景は私達が何と不幸なのかを物語っているのではないでしょうか?情報化の社会はこれほどまでに我々旅人の内面を大きく変えようとしています。ITに頼ることで全ての的確な情報が得られると錯覚してしまいます。インターネットの功罪がここに大きく潜んでいるのです。そして、この傾向は益々強まっていくのも現実です。旅人同士の意見の交換や情報の交換を要することなく、ネット上で情報を仕入れることにとらわれすぎていないでしょうか?その多くの情報が真なるものか、価値あるものかの判断はこうした情報過多の世界ではそれを見分ける時間がありません。電話というものが普及した当時、使用料金が高額という部分もあり、必要なときに必要な情報を伝達することに重点的に利用されてきましたが、最近の携帯電話の普及は料金の高いや安いは問題ではなく、常時それを利用しないと気分が静まらないという状況に達しました。さほど重要でもない情報をだらだらと流していることが、現代社会のIT機器の現場と言えるでしょう。完全に我々は情報化社会に振り回されて暮らしているのを感じてなりません。
旅に出るとカメラを手に写真を取るのが一般的です。最近はデジタルカメラの普及でその画像数はいっきに増加しました。しかし、これらの画像は最後にはどうなるのでしょうか?何十年も先に誰かがそれを見ることがあるのでしょうか?答えは否でしょう。近年は8ミリビデオやデジタルビデオカメラなども普及し、私達個人として情報を所持する分量は膨大なものになりました。が、その膨大な情報は個人が人生を終えると同時に消失していくことになります。昔は、先祖伝来の白黒写真が数枚次の世代に引き継がれるというのが一般的でした。それも、特別なことがない限り、日常生活では眺めることがありません。これからは一体どうなるのでしょうか?地球のごみが増加しているのは事実ですが、文明の進歩と生活環境の破壊はどこかで表裏一体となっているようです。
午後からは、博物館の見学ですが、ここは入場料金が外人と地元の人では値段が違います。勿論のこと友人は外人料金として5RM、当方は地元人間として3RMの切符を購入しての入場です。施設内は整備が行き届き、野外博物館としてサバ州の典型的な住居が広い園内に点在しています。歴史的なもの、宗教的なもの、人々の生活様式に関連したもの、そして、地元に生息する動植物の紹介など総合した博物館です。これを丁寧にみると3時間はたっぷり必要でしょう。その中で際立って立派な設備をしたのが、別棟にある石油関連の博物館です。これはSell石油がスポンサーになったもので、他の展示に比べると垢抜けしたものです。資金力で勝負しているようで、マレーシア国内での原油産業の実態を詳しく紹介しています。マルチメデアを駆使し、分かりやすく解説しているのがポイントです。石油がどのように人類に役立っているかを力説していますが、石油産業から出る廃棄物やプラスチック類の行き先、化石燃料が原因とされる地球温暖化現象などに関しては一切の説明がありませんでした。でも、エンターテーメントとしては優秀な作品がずらりとならび感心してしまいました。
朝市の喧騒を眺めていると、何かしら私たちはほっとしたものを感じます。同じようにお祭り気分はデパートなどでも、時々イベントとして開催されるのですが、一定の空間の中で、工夫を凝らし、電気ピカピカ、音楽ジャラジャラと巨大スピーカーで最大の音量で客を弾きつけようとするのですが、野外マーケットには勝つことが出来ません。やはり、自然の中での対決がお祭りには最適なのかも知れません。ここには、決まった形式的な挨拶などは抜きで、様々な人々が素顔で登場します。ここに、企画された建物の中での演出と大きく異なる部分があります。即席の屋台も制約がありませんから、自由にその芳香を漂わせています。日本では人工的にビルの内部に観葉植物を配置して自然に触れ合うやさしいビルと銘打って宣伝しているところもありますが、大自然の中は演出も不要で、私達が真に待っていたものではないでしょうか?
さて、帰国も近くなりましたから、近くのネットカフェで日本へ連絡を取ることになりました。事前に調べておいたメイル屋さんは大通りの裏手にあり分かりにくいのですが、コイン投入方式で20分30円という良心的な価格です。しかも、ISDNの回線を利用していますから結構速度も速く、快適に操作することが出来ます。日本語のフォントもありますから申し分ありません。まずは無事登頂の旨を友人に報告です。なるほど久しぶりのメイルですから、受信簿にも幾つか手紙が届いています。これも、旅の楽しみの一つなのです。
しかし、最近はこのITの進化というもの疑問を感じつつあります。ネットカフェに行くと各人がデスプレーに対面しながら、キーボードを打ち込んでいます。ここでは、人と人とが語りあうことはありません。画面に映し出される文字を、或いは画像を読み取って作業が進んでいます。隣の人が何をする人であろうと興味の対象にはなりません。自分たちの目の前にある箱から送られている情報のみが対象となっているのです。一瞬この光景は私達が何と不幸なのかを物語っているのではないでしょうか?情報化の社会はこれほどまでに我々旅人の内面を大きく変えようとしています。ITに頼ることで全ての的確な情報が得られると錯覚してしまいます。インターネットの功罪がここに大きく潜んでいるのです。そして、この傾向は益々強まっていくのも現実です。旅人同士の意見の交換や情報の交換を要することなく、ネット上で情報を仕入れることにとらわれすぎていないでしょうか?その多くの情報が真なるものか、価値あるものかの判断はこうした情報過多の世界ではそれを見分ける時間がありません。電話というものが普及した当時、使用料金が高額という部分もあり、必要なときに必要な情報を伝達することに重点的に利用されてきましたが、最近の携帯電話の普及は料金の高いや安いは問題ではなく、常時それを利用しないと気分が静まらないという状況に達しました。さほど重要でもない情報をだらだらと流していることが、現代社会のIT機器の現場と言えるでしょう。完全に我々は情報化社会に振り回されて暮らしているのを感じてなりません。
旅に出るとカメラを手に写真を取るのが一般的です。最近はデジタルカメラの普及でその画像数はいっきに増加しました。しかし、これらの画像は最後にはどうなるのでしょうか?何十年も先に誰かがそれを見ることがあるのでしょうか?答えは否でしょう。近年は8ミリビデオやデジタルビデオカメラなども普及し、私達個人として情報を所持する分量は膨大なものになりました。が、その膨大な情報は個人が人生を終えると同時に消失していくことになります。昔は、先祖伝来の白黒写真が数枚次の世代に引き継がれるというのが一般的でした。それも、特別なことがない限り、日常生活では眺めることがありません。これからは一体どうなるのでしょうか?地球のごみが増加しているのは事実ですが、文明の進歩と生活環境の破壊はどこかで表裏一体となっているようです。
午後からは、博物館の見学ですが、ここは入場料金が外人と地元の人では値段が違います。勿論のこと友人は外人料金として5RM、当方は地元人間として3RMの切符を購入しての入場です。施設内は整備が行き届き、野外博物館としてサバ州の典型的な住居が広い園内に点在しています。歴史的なもの、宗教的なもの、人々の生活様式に関連したもの、そして、地元に生息する動植物の紹介など総合した博物館です。これを丁寧にみると3時間はたっぷり必要でしょう。その中で際立って立派な設備をしたのが、別棟にある石油関連の博物館です。これはSell石油がスポンサーになったもので、他の展示に比べると垢抜けしたものです。資金力で勝負しているようで、マレーシア国内での原油産業の実態を詳しく紹介しています。マルチメデアを駆使し、分かりやすく解説しているのがポイントです。石油がどのように人類に役立っているかを力説していますが、石油産業から出る廃棄物やプラスチック類の行き先、化石燃料が原因とされる地球温暖化現象などに関しては一切の説明がありませんでした。でも、エンターテーメントとしては優秀な作品がずらりとならび感心してしまいました。